静岡市 油山温泉 元湯館
秘境のような油山温泉で何もない贅沢を楽しむ
今川義元の母、寿桂尼(じゅけいに)が愛した温泉地
静岡市の油山温泉(ゆやまおんせん)は静岡駅から車で30分ほどの距離にありながら、秘境のような雰囲気がある山あいの静かな温泉地です。
油山温泉の歴史は古く、今から470年位前の戦国時代に駿河、遠江、三河に君臨していた今川義元の母、寿桂尼(じゅけいに)が湯治に訪れた温泉地として知られています。現在、油山温泉には2軒の温泉宿があり、昭和39年開業の「油山温泉 元湯館(もとゆかん)」に宿泊しました。
建物の前には「元湯之碑」があり、才色兼備で戦(いくさ)にも長けていた寿桂尼が愛した温泉であることが記されていました。
自然に囲まれた元湯館は静寂に包まれています。周りには何もありませんので、ザワザワとした都会の喧騒から離れ、ゆったり過ごせる雰囲気です。
民芸調の館内には囲炉裏が置かれ、田舎の家に帰ってきたような温かみがあります。
レトロモダンな照明が印象的なロビーには和傘が飾られ、幻想的な雰囲気。傘の後方には油山温泉の歴史が書かれた額が掲げられていました。左の桜の絵は刺繍で描かれたもの。しっとりとした日本情緒が感じられます。
大正時代は日帰りの湯治場だったという元湯館が旅館業を始めたのは昭和39年(1964年)。昭和55年(1980年)の火災で半焼し、現在の建物は昔からあった柱や梁を使って建て直したそうです。
茶屋風のインテリアが置かれた空間は、かつては浴室だったそうです。天井の湿気抜きや剥き出しの岩が当時の面影を残しています。
ロビーには油山温泉へ度々湯治に訪れ、疲れを癒していたという「寿桂尼」の絵も飾られていました。
寿桂尼は京都の公家の出身で駿河の今川氏親(うじちか)に嫁ぎました。今川氏親が亡き後に、幼い息子の後継人として実質的な政権をとるようになり戦国女武将とも呼ばれていたそうです。三男の今川義元が政権をとるようになってからは表舞台に出なくなりましたが、影からサポートしていたようです。一線を退いた寿桂尼が油山温泉へ湯治に訪れていた様子は山科言継(やましなときつぐ)の日記『言継卿記』に書かれています。寿桂尼は油山温泉に孫たちも連れて来ており、当時今川家の人質だった徳川家康(松平竹千代)も一緒に訪れていたかもしれません。
24時間入浴できる由緒ある歴史の湯
油山温泉は元々「お湯の山」から湯山温泉と呼ばれていましたが、戦時中に国の命令で菜種油を作ることになり、現在の名称になったそうです。
元湯館には「寿桂湯」「長寿湯」という名前のお風呂があり、日替わりで男女入れ替え制。24時間入浴ができます。
それぞれの脱衣所にはシンプルな棚と洗面台、休憩用のレトロな椅子が備えられ、素朴な雰囲気です。
浴室には岩風呂が一つだけ。とてもシンプルで昔ながらの湯治場の趣が感じられます。
ほのかな硫黄の香りがするお湯はとろみがあり、湯の華が目立ちました。医療が発達していない時代に湯治に利用されてきた油山温泉の泉質は弱アルカリ性の単純硫黄泉。18℃位の冷鉱泉を加温して利用しています。よく温まり、入浴後はなかなか汗がひきませんでした。
こちらは館内に掲示されていた手作りの温泉分析書。昭和55年(1980年)のものですが、何ともいえない味わいがありますね。
窓の外には目隠しの塀が設えてありますが、深山の雰囲気が感じられます。このお湯に寿桂尼が浸かり、心身の疲れを癒したと思うと感慨深いですね。油山温泉は今でこそ冷鉱泉ですが、寿桂尼が湯治に来ていた頃は温かいお湯が湧出していたようです。江戸時代(1788年)に書かれた『江漢西遊日記』には、「ぬる湯だった」という記述があり、郷土資料研究家によると江戸時代中期頃までは温かいお湯が出ており、安政の大地震による地殻変動で冷鉱泉になったのではないかと考察されています。
長寿湯は寿桂湯と同様に壁に茶系のレンガを使用し、温かな雰囲気。窓の外には坪庭があり、夜はライトアップされます。
浴室の窓を開けると、そこは地下5mの源泉井戸
源泉は窓の外にあり、湯船のすぐ脇の地下5m位の岩盤から湧出しています。源泉が湧き出している場所と湯船が近ければ近いほど、お湯の鮮度が感じられるので温泉マニア的には「ぐふふ」とうれしくなってしまいました。
源泉井戸は板で覆われていましたが、宿の方に許可をいただき、少しずらして中をのぞくことができました。深さは5mほどで人1人(ひとひとり)スポッと通れる位の広さになっており、井戸の内部は少し広い空間になっているとのこと。岩盤から自然湧出する源泉がある程度、貯まったらポンプで汲み出しているそうです。その様子を想像するだけで胸が高鳴り、この源泉井戸に入りたいと強く思った湯種でした。
楽器を演奏できたり、愛犬と一緒に宿泊できる!
元湯館の周りには民家がなく音出しが可能なため、常連のお客さまはギターやトランペットなど、音楽をやっている方が多いそうです。屋外でドラムを叩いても平気とのこと。周りは山ですから、澄んだ空気を吸いながら、気持ちよく演奏できそうですね。
元湯館の客室は全10室。8畳から28畳までさまざまな間取りがあり、合宿などの団体利用もできます。また、68畳の大広間は120人まで収容が可能です。
すべて和室になっており、窓からは山の四季が眺められます。下の写真の客室は角部屋のため深山の緑に囲まれており、思わず深呼吸をしたくなるほど。懐かしい感じの砂壁も印象的でした。昔ながらの和室はやはり落ち着きますね。畳にゴロリと横になって外の景色を眺めているだけで充電できることを実感した湯種でした。
窓際には囲炉裏があり、ほっこりできる雰囲気。外からは小川のせせらぎや鳥の鳴き声が聞こえてきます。静岡駅から至近なのにディープな秘湯感がたまりません。賑やかな温泉地も楽しいですが、こうした静かなところも素敵だと思いました。のんびりとくつろぐことができて、朝までぐっすり眠れました。
また、元湯館では、愛犬と泊まれる客室を2室用意しています。ほかの客室と離れているため気兼ねは不要で、静岡市内には愛犬と泊まれる旅館がほとんどないこともあり、とても人気だそうです。今やペットは家族の一員。旅行の際にお留守番をさせたり、他所に預けるのは心配ですので、一緒に滞在できるのはうれしいですね。
ただし、ケージやワンちゃん用の食事、ペットシーツなど、ワンちゃんの宿泊に必要なものは飼い主さんが用意する必要があります。食事やお風呂などで客室が無人になる場合はケージにワンちゃんを入れておかなければいけませんが、飼い主さんが部屋にいるときはケージフリーで一緒にくつろげます。
また、館内の囲炉裏のある風景も印象に残りました。時代とともに失われつつある囲炉裏のある空間で過ごしていると、どこか懐かしく温かな気持ちになります。そして囲炉裏を囲んで食事をするのは非日常の楽しみでした。